オペラ「ザ・ラストクイーン」メディア掲載

 

朝鮮王朝最後の皇太子妃 オペラ上演へ( NHK おはよう日本 9月25日  )

朝鮮王朝最後の皇太子妃 オペラ上演へ
日韓国交正常化50年となるのに合わせて、戦前日本の皇族から朝鮮王朝最後の皇太子に嫁いだ故・李方子さんの生涯を描いたオペラが今月、東京で上演されることになり、最終盤の稽古が行われています。
「ザ・ラストクイーン」と題されたこのオペラは、在日韓国人2世のソプラノ歌手、田月仙(チョン・ウォルソン)さんが日韓国交正常化50年に合わせて企画したもので、24日、最終盤の稽古が公開されました。
李方子さんは日本による韓国併合時代に、日本の皇族から政略結婚で朝鮮王朝最後の皇太子、故イ・ウン殿下に嫁いだ女性で、70年前の終戦で皇太子妃としての身分を失いましたが、その後、韓国で障害者の福祉事業に取り組み、その功績は高く評価されています。
24日の稽古では、李方子さん役を演じる月仙さんが「私の大切なふたつの祖国 私が生まれ育った国 私に愛をさずけた国」と、歴史に翻弄されながらも日本と韓国を愛した李方子さんを思いながら歌い上げました。
企画と主演を務める田月仙さんは、「最近の日韓関係はいいとは言えないと思いますが、両国の平和を願った李方子さんの人生を見直すことは私たちに大きなヒントになると思います」と話しています。
オペラ「ザ・ラストクイーン」は、今月27日、東京・渋谷区の新国立劇場で上演されます。

http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/700/227986.html

https://www.youtube.com/watch?v=ntNGjTJoceA

 

日韓つなぐ創作オペラ…
在日2世の歌手、田月仙
皇室から朝鮮王朝、
方子妃描く
(9月2日 読売新聞


 在日韓国人2世のソプラノ歌手、田月仙(チョンウォルソン)が、日韓国交正常化50周年を記念し、創作オペラ「ザ・ラストクイーン」を上演する。

 日本の皇族から朝鮮王朝に嫁いだ李方子りまさこ妃(1901〜89年)の激動の人生を演じる。関係者を自ら取材して物語にした力作だ。(岩城択)

 梨本宮家の方子は、朝鮮王朝の皇太子・李垠りぎんと政略結婚。真実の愛を育んだ夫妻だったが、敗戦で無国籍となった。方子妃は夫の死後、韓国で障害児の福祉に力を入れ、「韓国の母(オモニ)」と慕われるまでになった。日韓関係が険悪な今、田は「両国の和を願った方子妃をオペラを通じて知ってほしい」と力を込める。


  物語は、方子が新聞で自分の婚約を知り、ショックを受ける場面で始まる。ハイライトはまず、結婚と幼い長男の急逝。「幸せから悲しみのどん底に落ちていった苦悩」を歌う。舞台で身にまとうのは、方子妃が婚礼で着用した朝鮮王朝の衣装を今回、複製したものだ。

 さらに、最も表現に心を砕くのが、敗戦で何もかもを失い、その後、夫とも死別する場面。「屈辱に耐えて」や「守るのも私」のアリアを劇的に歌い上げる。

 歌劇中の楽曲は、西洋のメロディーを土台にしつつ、日韓の独特の旋律やリズムを盛り込んだ作品もある。歌詞は全て日本語だ。

 ほぼ独り舞台の歌劇だが、コーラスやバレエダンサーなどが出演し、映像なども用いる。作曲や演出、演奏なども含め、韓国人、在日韓国人、日本人の混成チーム。

 約10年前から構想した。だが、資金や創作面で壁を感じ、一時は挫折した。しかし、「日韓という二つの古里の和合を願う気持ち」に背中を押されたという。また、歴史の犠牲者として感情を押し殺すしかなかった夫妻の知られざる胸の内を、「心の底から感情を出すオペラで代弁することで、聴き手に強く訴えられるのではないか」と考えた。

 また、田は「方子妃の心の軌跡に迫ろう」と、かつての秘書ら関係者をソウルなどに訪ね歩いた。行く先々で、方子妃が韓国の恵まれない子供に手を差し伸べたことが知られており、「尊敬している。日本の人たちにもっと知ってほしい」と励まされたという。

 27日午後2時と同5時、初台・新国立劇場中劇場で。(電)03・3366・1229。

 

悲運の朝鮮皇太子妃、描く
在日2世歌手が創作オペラ
(9月4日 朝日新聞

 日韓国交正常化50年に合わせ、在日コリアン2世のオペラ歌手田月仙(チョンウォルソン)さんが、朝鮮王朝最後の皇太子妃李方子(りまさこ)(1901〜89)を演じる創作オペラ「ザ・ラストクイーン」をつくり、27日に新国立劇場(東京都渋谷区)で上演する。日本の皇族に生まれて朝鮮の李垠(イウン)皇太子と結婚し、韓国で亡くなった波乱の生涯を描く。
 ■皇族の生まれ
 方子は旧皇族・梨本宮守正王の長女。皇太子(昭和天皇)の妃(きさき)候補といわれたが、日本による韓国併合後、朝鮮王朝最後の李垠皇太子と政略結婚させられた。夫とともに東京で暮らし、日本の皇族に準じて扱われたが、終戦で王族の身分も国籍も失い、生活苦に陥った。東京・紀尾井町の邸宅は売却され、後の赤坂プリンスホテル旧館となる。63年には夫妻で韓国に移り住み、晩年は韓国で障害者福祉事業に尽くした。
 オペラは、方子が新聞記事で自分の政略結婚を知る場面から始まる。義父の国王高宗(コジョン)と生後8カ月の長男晋(チン)を相次いで亡くし、悲しみのどん底に。
 ■日韓の懸け橋
 戦後は夫の故国に帰りたいと願ったが韓国政府に受け入れられず、18年後にようやく念願かなって夫妻で韓国に渡ったとき、すでに夫は重い病を患っていた。夫の死去後も韓国に残り、日韓両国の懸け橋をつとめた生涯を振り返る最期の場面でこう歌う。
 「私の大切なふたつの祖国/私が生まれ育った国/私に愛をさずけた国」
 田さんは日本と朝鮮半島を歌で結ぶ活動を続け、日韓と北朝鮮の3国で公演。日韓両国を二つの祖国として生きた方子をオペラで演じたいと、10年以上前から構想を温めてきた。
 ■遺品から再現
 近年見つかった方子の日記や手紙などを読んで筋立てをつくった。衣装は、日本から韓国へ寄贈された方子の遺品、朝鮮王朝の大礼服「チョグ衣(チョグイ)」を、学校法人文化学園(渋谷区)の協力で再現した。音楽は、現代音楽に日韓のリズムを取り入れた曲を歌うという。
 田さんは日韓の相互理解に尽くした功績が評価され、今年度、外務大臣表彰を受けた。「私も日本と朝鮮半島のはざまで生きてきた。今年は国交50年の節目。日韓関係が悪化している中、歌手としてオペラで何かできないかと考えました」と語る。「悲運の皇太子妃と呼ばれた方子妃の前半生だけでなく、福祉に尽くし『韓国の母』と慕われた晩年にも光をあてたい」と意気込む。(編集委員・北野隆一)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11948615.html

 

 

 

人模様:日韓の「和」を願うオペラ  田月仙(チョン・ウォルソン)さん
(9月19日 毎日新聞


  旧皇族梨本宮家出身で朝鮮王朝最後の皇太子に嫁いだ、李方子(まさこ)さん(1901〜89年)をモデルにした創作オペラ「ザ・ラストクイーン」が27日、東京の新国立劇場で上演される。「時代に翻弄(ほんろう)されながら、二つの国の『和』を願って懸命に生きた。その心の軌跡を表現したい」と主演する声楽家の田月仙(チョンウォルソン)さん(57)。

 両親は在日コリアン1世。「自分の身一つで道を切り開こう」と好きな歌の道を突き進んだ。日韓国交正常化50周年の節目に自ら企画したのがこのオペラ。韓国に住む方子さんの元秘書らに話を聞き、台本を練り上げた。

 日韓併合後の政略結婚とはいえ、李垠(イウン)元皇太子と愛を育み、夫の死後は韓国で福祉活動に身をささげた方子さんに「在日女性として、シンパシーを感じる」とも語る。舞台では当時、婚礼で着用された宮廷衣装のレプリカを身にまとう。

 「朝鮮半島と日本は自分にとって、生きるうえでのテーマであり歌い続ける原動力」。この作品が相互理解の一助になることを願っている。【明珍美紀】


http://mainichi.jp/shimen/news/20150919dde041070054000c.html

 

日韓国交正常化50周年記念オペラで李方子妃を演じる声楽家  田月仙(チョン・ウォルソン)さん
(8月19日 産経新聞


 日韓国交正常化50周年を記念して、新国立劇場(東京都渋谷区)で9月27日に上演される創作オペラ「ザ・ラストクイーン」の企画、台本、主演を務める。
 オペラは、日本の皇族、梨本宮家から朝鮮王朝最後の皇太子の元に嫁ぎ、戦後は韓国人として韓国の福祉活動に尽くした李方子(まさこ)さんをモデルにした。10年ほど前から温めてきた企画だ。(中略)
 2002年、日韓共催のワールドカップ(W杯)閉会式翌日、小泉純一郎首相主催で、韓国の金大中(キム・デジュン)大統領歓迎公演が首相官邸で開かれた。その舞台で日本の唱歌「故郷」と「アリラン」を披露した。
 「日本の歌と韓国の歌を、自分自身のふるさとの歌、2つの祖国の歌として歌える自分を再確認できた」という。在日コリアンとして生きる自身と、「同じように2つの国を祖国とし、日韓の和を求め生涯を貫いた方子妃の姿が重なり、オペラ制作にたどり着いた」。方子さんの実像に迫るため、韓国にも足を運び、ゆかりの人から話を聞き、台本に反映させた。
 「方子妃は本当に芯の強い人。夫である殿下が亡くなった後も韓国にとどまり、最後は『韓国のオモニ(母)』と呼ばれるまでになった。方子妃の心の軌跡を舞台で表現したい」(水沼啓子)
http://www.sankei.com/world/news/150828/wor1508280028-n1.html

 

朝鮮王朝最後の皇太子妃
生涯描いたオペラが27日上演


2015年9月25日 夕刊(9月25日 東京新聞


 戦前、韓国併合に伴う政略結婚で日本の皇族から朝鮮王朝最後の皇太子に嫁いだ故李方子(りまさこ)さんの生涯を描く創作オペラ「ザ・ラストクイーン」が二十七日、都内で上演される。「悲劇の皇太子妃」は戦後、反日感情の強い韓国で障害児福祉に尽くし、日韓の懸け橋となった。在日コリアン二世のソプラノ歌手の田月仙(チョンウォルソン)さん(57)が「方子妃の人生を伝え、混迷する日韓関係に一つの風穴を開けたい」と企画、自ら主演する。 (辻渕智之)
 オペラは、方子さんが十四歳の夏に自らの婚約を新聞で知り、ぼうぜんとする場面で始まる。舞台は一時間半で、現代音楽に朝鮮半島のリズムや日本のメロディーを取り入れた新作。毒殺も噂(うわさ)された生後八カ月の長男の急死を嘆く「この悲しみよ」、夫の死後も韓国に残る決意を歌う「あなたと一緒に」とアリアが続く。
 方子さんの夫、李垠(りぎん)さんは十一歳で半ば人質として日本に留学させられる。陸軍中将まで昇進したが、終戦後は朝鮮王族の身分と資産を失い、帰国も難航する。方子さんを演じる田さんは「李垠殿下は『自分は、韓国人でも日本人でもない』と絶望される。方子妃も日韓の不幸な歴史に翻弄(ほんろう)されながら、互いに苦悩を理解しあうことで、真実の愛を深めた」とみる。
 田さんは東京都立川市出身。学んだ音大で、歌への賛辞に「日本人にはないものがある」との評価がつきまとった。初の韓国公演では、在日の歌手として好奇の目で見られた。「日韓どちらでも私は異邦人」。両国のはざまで生きる立場に苦しんできた。
 しかし、日韓や北朝鮮の首脳の前など、さまざまな舞台で歌い続けるうち、「在日の私だから、日本の歌も韓国の歌も自分の歌として歌える」と二つの祖国を持つ誇りに昇華した。
 オペラの構想は十年来温め、方子さんを知る人物を日韓各地に訪ね歩いた。「最後は尊敬され、『韓国のオモニ(母)』とまで呼ばれた方子妃にも二つの愛する祖国、ふるさとがあった」と確信した。台本も共作で手掛け、舞台では、方子さんが着用した王朝の特別な大礼服「チョグィ」を再現した衣装もまとう。作曲は東京音大卒の若手、孫東勲(ソンドンフン)さん。
 国交正常化五十年の今年も日韓関係はぎくしゃくしている。
 「日本は敗戦し、朝鮮半島は分断されたまま。殿下と方子妃のように、日韓も互いの歴史の痛みを共有できる関係になれば未来に向かえるのでは」
 公演は新国立劇場(渋谷区)で午後二時と五時。問い合わせはカラフネット=電03(3366)1229=へ。
 <李方子(り・まさこ)>韓国読みはイ・バンジャ。1901〜89年。当時の皇族、梨本宮守正王の長女。20年、朝鮮王朝の皇太子だった李垠さんと日本で結婚。第2次世界大戦の敗戦を日本で迎える。63年に病床の李垠さんと渡韓、李垠さんが70年に死去した後も韓国で暮らした。障害児支援の業績で韓国政府から国民勲章を受けた。

 

NHK BS1スペシャル
“韓国の母”になった日本人 〜朝鮮王朝最後の皇太子妃・李方子〜

 

NHK BS1スペシャル
“韓国の母”になった日本人 〜朝鮮王朝最後の皇太子妃・李方子〜

 本放送:12月26日(土)午後10時00分〜午後10時50分
 再放送:12月28日(月)午後6時00分〜午後6時50分

日韓国交正常化50年を迎える今年、歴史の波に翻弄されながらも両国の懸け橋として生きた女性を題材にしたオペラが上演された。主人公は李方子。戦前の皇族に生まれたが、旧大韓帝国の皇太子と結婚。韓国併合の時代、「日本と朝鮮の融和を進める政略結婚」とも言われた。日本の敗戦とともに、二人は地位も財産も失い放り出され、「日本協力者」として韓国へ戻ることを長く拒まれた。その後、方子は韓国で晩年まで障害児教育に力を入れ、「韓国のオモニ(母)」と呼ばれるまでになった。方子を演じるのは、在日コリアン2世のオペラ歌手、チョン・ウォルソン(田月仙)。「方子妃の人生を伝えることで、混迷する日韓関係に風穴をあけたい」という。新資料と数々の証言から李方子の生涯を浮き彫りにする。

http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/2364147/


 

“韓日의 경계서 눈물 삼킨 마지막 황태자비의 넋 달랬으면” 
‘이방자 여사의 삶’ 27일 도쿄무대 올리는 在日오페라 가수 전월선씨
(동아일보 韓国 東亜日報)

“韓日의 경계서 눈물 삼킨 마지막 황태자비의 넋 달랬으면” 

‘이방자 여사의 삶’ 27일 도쿄무대 올리는 在日오페라 가수 전월선씨

재일 한국인 소프라노 전월선 씨가 대한제국 마지막 황태자비인 이방자 여사의 결혼식 의상 복제품을 들어 보이고 있다.

대한제국의 마지막 황태자 영친왕(英親王·1897∼1970)의 비(妃)인 이방자 여사(1901∼1989)의 일대기를 그린 오페라 ‘더 라스트 퀸’이 한일 국교 정상화 50주년인 올해 일본에서 처음 만들어져 27일 도쿄 신국립극장에서 선보인다.

무쓰히토(睦仁·연호는 메이지·明治) 일왕 조카의 장녀로 일본 왕족인 이 여사는 한때 히로히토(裕仁) 왕세자의 비(妃) 후보에 오르기도 했으나 1920년 일본에 볼모로 와 있던 영친왕과 정략 결혼했다.

일본 육사 출신인 남편 영친왕은 일본 제1항공군 사령관으로 복무하다가 패전을 맞으면서 연합군에 재산을 몰수당하고 어렵게 살았다. 영친왕과 이 여사는 한국 국적이 회복된 이듬해인 1963년 한국 땅을 밟았다. 이후 영친왕은 오랜 투병 생활 끝에 1970년 창덕궁 낙선재에서 한 많은 생을 마감했고 이 여사는 홀로 한국에 남아 장애인 봉사활동에 헌신하다 1989년 남편 곁으로 떠났다.

이 여사의 기구한 삶을 오페라로 되살린 주인공은 남북한과 일본 3개국 정상 앞에서 노래한 것으로 유명한 재일 한국인 오페라 가수 전월선 씨. 자신이 직접 관련 자료들을 조사하고 관계자들을 인터뷰해 대본을 썼다. 주연도 맡았다.

이방자 여사
전 씨는 7일 도쿄 기타신주쿠에 있는 자신의 음악실에서 가진 인터뷰에서 “일본인이지만 자신의 의사와 무관하게 한국의 마지막 황태자비가 됐던 이 여사의 삶은 재일 코리안의 삶을 거꾸로 비추는 거울이기도 하다”고 말했다.

1시간 40분 분량의 이 오페라는 소녀 이방자가 1919년 신문에서 자신의 약혼 소식을 보고 충격을 받는 장면으로 시작된다. 1920년 영친왕과 결혼한 후 이듬해 낳은 장남 진을 1922년 한국 방문 중 잃고 고통 받는 장면은 극중 하이라이트다. 전 씨는 “이 여사는 마지막까지 장남이 독살됐다고 믿었다”고 말했다. 조선 황실의 혈통을 끊기 위한 일제의 모략이었을 가능성이 있다는 것이다.

이 여사는 1989년 만 88세로 세상을 떠나기까지 좀처럼 감정을 드러내지 않았다. 남편 영친왕은 기록조차 거의 남기지 않았다. 전 씨는 “생전에 두 분이 마음 깊은 곳에 꼭꼭 가둬 뒀던 감정을 노래를 통해 풀어내려 했다. 적어도 오페라에서 두 분의 감정은 자유로워졌다. 넋이라도 달래질지 모르겠다”고 말했다.

오페라 초연에 대한 일본 각계의 관심은 뜨겁다. 주요 신문의 보도가 이어지는 가운데 이 여사의 일족인 일본 왕족들도 큰 관심을 보이고 있다고 전 씨는 전했다. 전 씨는 “‘이 여사의 존재를 처음 알았다’며 놀라는 일본 젊은 세대의 반응에 희망을 느끼고 있다”며 “일본 젊은 세대가 이 여사를 통해 멸망한 조선왕조와 한일 근현대사에도 눈을 뜬다면 서로에 대한 이해와 우호가 깊어질 것”이라고 지적했다.

전 씨는 특히 ‘2개의 조국’이라는 오페라 마지막 아리아를 부를 때마다 가슴이 복받쳐 올라온다고 말했다. 남과 북, 한국과 일본이 교차하는 재일 코리안으로서의 정체성 때문일 것이다.

이 여사가 영친왕의 곁을 끝까지 지킨 것은 일왕의 칙령 때문은 아니었을지 그에게 조심스럽게 물었다. 전 씨는 고개를 저었다.

“처음엔 그랬을지도 모르죠. 하지만 이 여사는 가장 어려운 시절에도 남편의 곁을 떠나지 않았고 그가 별세한 이후에도 약속대로 한국에 남았습니다. 진짜 애정이 없으면 불가능한 일들이죠. 정략 결혼에 희생되긴 했지만 두 분 사이에는 사랑이라는 ‘마음의 기적’이 일어났던 겁니다.”

전 씨는 “재일 코리안으로서 한일 간에도, 남북 간에도 ‘마음의 기적’이 일어나길 고대하고 있다”며 먼 곳을 바라봤다.

http://news.donga.com/Main/3/all/20150911/73560635/1

 

 

NHK WORLD

재일 코리안 성악가 전월선씨가 9월말 창작 오페라에 출연합니다.


*NHK WORLD 사이트에서 이동합니다.
작품 주제는 일본 황족 출신으로, 조선왕조의 황태자와 결혼한 이방자 여사의 인생.

조선반도와 일본 사이에서 30년 이상 활동을 계속해 온 전월선씨.

그런 전월선씨에게 이방자 여사에 대한 이야기를 들어봤습니다.

 

 

http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/ko/radio/listener/201509040600/

Chon Wolson hopes opera will bridge South Korea-Japan ties

JAPAN NEWS The Yomiuri Shimbun




Soprano Chon Wolson shows the costume she will wear in “The Last Queen.”
6:52 am, September 21, 2015
By Taku Iwaki / Yomiuri Shimbun Staff Writer
To celebrate the 50th anniversary of the normalization of diplomatic ties between Japan and South Korea, soprano Chon Wolson, a second-generation South Korean national living in Japan, will star in a new opera titled “The Last Queen.”

The opera will depict the volatile life of Princess Masako (1901-1989), a member of the Japanese Imperial family who married a prince of the Korean dynasty.

Princess Masako, who hailed from the Nashimoto imperial family, married Lee Eun of the Korean dynasty. Though it was a marriage of expediency, the couple nurtured a genuine love. However, the two lost their nationality following Japan’s defeat in World War II.

After her husband’s death, Masako focused her efforts on welfare activities for physically disabled Korean children and began to be called the “Omoni (mother) of South Korea.”

Now that Japan-South Korea relations are thawing, Chon has special hope.

“I want people to learn about Princess Masako, who desired harmony between the two countries, through this opera,” she said.

The story starts with a scene in which Masako is shocked to find her engagement to the Korean prince in a newspaper report. The initial highlights of the opera are scenes of her marriage and the sudden death of her first son at a young age.

Chon sings about the princess’ agony after her happiness turns into a deep pit of sorrow.

The soprano will wear a reproduction of a dress from the Korean dynasty, which Princess Masako wore for her wedding. The dress was specially re-created for the upcoming performances.

Chon said she is doing her best to delicately express scenes in which the princess has lost everything in Japan’s defeat in the war and the death of her husband.

She dramatically sings such arias as “Kutsujoku ni Taete” (Enduring the disgrace) and “Mamoru no mo Watashi” (I will also defend).

The music in the opera is fundamentally based on Western-style melodies, but there are also works that incorporate melodies and rhythms distinct in Japan and South Korea. The lyrics are all in Japanese.

Though the opera consists mostly of Chon’s solo performance, it will also feature a chorus and a ballet dancer and uses video footage.

The production team, including the composer, director and orchestra, is a mix of Japanese, South Koreans and South Korean nationals living in Japan.

Chon started planning the project about a decade ago. However, she almost gave up once due to obstacles she felt in terms of both funds and productions.

However, she was motivated by her desire to achieve harmony between her two home countries — Japan and South Korea.

“I’ve engaged in music with the hope of serving as a bridge between Japan and South Korea,” Chon said.

She also hopes she will be able to express the untold feelings of the tragic couple, who had no choice than to suppress their emotions as victims of history, through the opera.

“I thought the audience would be moved by my speaking to them through an opera [an art form in which] people’s emotions are strongly expressed from the bottom of the heart,” she said.

Through a desire to better understand how the princess had lived and felt, Chon visited people close to her, including the princess’ former secretary, in Seoul and elsewhere. Everywhere she went, people were well aware that Masako had helped underprivileged children in South Korea.

Some of them encouraged Chon in her efforts, saying: “I respect Princess Masako. I hope the people in Japan learn more about her.”

“The Last Queen” will be staged at the Playhouse of the New National Theatre, Tokyo, in Shibuya Ward, Tokyo, on Sept. 27, 2 p.m. and 5 p.m. For more information, please visit lastqueen.net/2aboutE.html.Speech

YAHOO NEWS (WOW KOREA)



オペラ歌手・田月仙、日韓の懸け橋として生きた女性・李方子(りまさこ)を題材にしたオペラ制作


2015年、日本と韓国が国交正常化50年を迎える中、歴史に翻弄されながらも日韓の懸け橋として生きた女性を題材にしたオペラの制作が進んでいる。(オフィシャル)

 2015年、日本と韓国が国交正常化50年を迎える中、歴史に翻弄されながらも日韓の懸け橋として生きた女性を題材にしたオペラの制作が進んでいる。

 オペラの主人公は元日本の皇族でありながら、朝鮮王朝最後の皇太子妃となった李方子(りまさこ/イバンジャ=1901〜1989)。「日本と朝鮮の融和を進める政略結婚」とも言われたが、戦後、反日感情が強い韓国に渡り、日韓の懸け橋となった。近年になり、方子の様々な資料が再確認されている。オペラの台本は、これらの資料を読み解きながら作り上げられている。

 制作の中心人物はデビュー以来、30年にわたり歌で日韓をつないできた在日コリアン2世のオペラ歌手・田月仙(チョン・ウォルソン)。「日韓国交50年のいまこそ、方子妃の人生を広く伝えることで、日韓関係をもう一度みつめなおしたい」とオペラの企画をした。

 

 来る9月27日、新国立劇場にて、「2015年日韓国交正常化50周年記念特別企画創作オペラ『ザ・ラストクィーン』Opera The Last Queen〜朝鮮王朝最後の皇太子妃 李方子〜」と題して、公演される。
■李方子妃とは… 
元皇族・梨本宮家に生まれ、皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)のお妃候補ともいわれたが、1920年(大正9年)、日本の王公族となった旧大韓帝国の元皇太子・李垠(りぎん/イ・ウン)殿下と結婚。韓国併合時代、「日本と朝鮮の融和を進める政略結婚」とも言われた。
ところが日本の敗戦と共に、二人は皇族の地位も、日本国籍も、財産も失う。夫婦は韓国渡航を打診するが「日本への協力者」として拒否されてしまう。ようやく韓国へ渡る許可が出たのは、日韓国交正常化直前の1963年のことだった。しかし夫はすでに病に侵されていた。
しかし、方子妃は夫の死後も日本に戻らなかった。そして反日感情の渦巻く韓国で、冷ややかに見られながらも、福祉活動に力を入れ、韓国社会に貢献した。そして、徐々に「韓国のオモニ(母)」と呼ばれ、受け入れられていく。87歳で死去したときは、皇太子妃の準国葬として扱われ、葬列は1キロにも及び、韓国民がその死去を痛んだ…。

■田月仙(チョン・ウォルソン)とオペラ「ザ・ラストクィーン」
オペラ「ラストクィーン」は、田月仙が10年にわたり構想を続けてきた創作オペラで、日韓国交正常化50年を記念して上演が実現する。
田月仙はデビュー以来30年にわたり、オペラアリアとともに日本に朝鮮半島の歌を紹介して、クラシックの音楽評論家からも絶賛されてきた。リサイタルではオペラアリアとともに、韓国の歌、日本の歌などを披露してきた。歴史に埋もれた歌を探し出し、関係者の話を聞き取り、歌に込められた人々の気持ちに思いをはせ、それを再び自らの解釈で歌うというものである。
オペラ「ザ・ラストクィーン」の制作でも、李方子の実像に迫るため自らが日韓各地を訪ね歩き取材した新しい情報や、埋もれた事実など基に台本を書き上げた。また衣装は1990年に日本政府が韓国に返還した幻の衣装・チョギを再現したものを使用するなどリアリティにもこだわっている。 
オペラの音楽は現代音楽に朝鮮半島のリズムや日本のメロディを取り入れたオリジナル新作である。李方子の波乱の人生を音楽で表現するために和声の進行を模索する。

■田月仙(チョン・ウォルソン)ソプラノ  李方子役
東京生まれ。世界各国でオペラやコンサートに出演。初の南北コリア公演を実現し、韓国ソウルで初めて公式に日本の歌を歌う。W杯日韓共催記念オペラ「春香伝」日韓両国にて主演。日本国総理大臣主催韓国大統領歓迎公演で独唱。NHK「海峡を越えた歌姫」、KBS「海峡のアリア 田月仙30年の記録」が全国放送。
著書に「海峡のアリア」。禁じられた歌(中央公論)など。第14回日韓文化交流基金賞受賞。二期会会員。日韓交流の第一人者として活躍している。艶やかな舞台姿と魂の歌声に大きな期待が寄せられている。

 

日韓国交正常化50周年記念特別企画《ザ・ラストクイーン》 音楽の友
 大正9年(1920)、韓国併合に伴う政略結婚で、朝鮮王朝最後の皇太子李垠に嫁いだ方子の生涯を描いた創作オペラ、8景、約90分。休憩はない。企画、主演は在日コリアン2世のソプラノ田月仙(チョン・ウォルソン)で、10年の構想、取材をかけた彼女の熱意によって生まれた作品だ。台本は木下宣子、作曲は孫東勲(指揮)とRyuGetsu。舞台は、椅子、机などの簡素なものだが、背景のスクリーンに日韓の歴史的映像、また象徴的なバレエが物語を暗示する。下手にピアノ、ヴァイオリン、フルート、チェロ、打楽器、上手にソプラノ、アルト、テノール、バリトン各1。主演の田月仙は衣装を替えながら、15歳から87歳までを演じたが、特に朝鮮王朝の大礼服を纏った姿は、歌唱と共に美しく見事だった。お相手の皇太子を歌手でなく、化身として相沢康平がバレエで演じたのは賢明。歴史に埋もれた日韓の愛を知る意味でも再演を望みたい。 9月27日・新国立劇場<中> 三善清達 (音楽の友より)

 

MUSIC PEN CLUB  Classic CONCERT Review【オペラ】

「日韓国交正常化50周年特別企画 オペラ『ザ・ラストクイーン』—朝鮮王朝最後の皇太子妃」(2015年9月27日、新国立劇場・中劇場)


 このオペラの内容を簡単に記せば、朝鮮王朝最後の皇太子妃となった李方子妃(リ・マサコ)の生涯を描き、彼女は政略結婚で日本の皇族から韓国に渡る。作曲は東京音大卒の若手、孫東勲(ソン・ドンフン)であり、オペラ作曲家として楽壇に本格的にデビューを果たすとのこと。編成はソプラノ、アルト、テノール、バリトンのコーラスだが4名。楽器群はピアノ、ヴァイオリン、チェロ、フルート、打楽器の5名である。緩急法や音色的な配慮も音楽の中に美しく盛り込んでいて、朝鮮半島のリズムや日本のメロディーも時折聴こえ、この作曲家は作品全体のイメージをしっかりとつかんでいるように感じられた。




 それにしても今回のオペラの初演は、田月仙(チョン・ウォルソン)の情熱と意欲がなければ実現しなかったであろう。彼女が企画・台本・主演(李方子役)・音楽監督なのである。田月仙は2015年外務大臣表彰を受賞し、デビュー当時から日本に韓国の歌を紹介するなど、日韓文化交流の中心人物の一人として活躍するソプラノ歌手。登場人物は李方子妃と、バレエダンサー(李殿下の化身役)の2名である。
 田月仙の芝居が良く、筆者には詳しくはないが、所作の決まりなど風格のあるものであった。バレエダンサー(相沢康平)の動きが伴うと、よりオペラの内容が理解でき、見ていて美しい舞台になっていた。田月仙の表現には、暗示や思わせぶりがなく、ごく自然に歌い上げ、豊かな情感の陰影、情熱の高揚を蔵しており、特に第8景の〈二つの祖国〉「私の大切な 二つの祖国 私が生まれ育った国 私に愛を授けた国」では、彼女は李方子妃との考え方と同じで、はっきりとした主張で歌い通したのではないだろうか。
 日本と韓国はかつて「最も近くて遠い国」と言われてきた。今だに両国の関係はぎくしゃくとしているのが現状である。朝鮮の土となった日本人、李方子妃のことはオペラで初めて知った。私が知っている人は、浅川巧である。彼は朝鮮の民芸の中に優れた民族文化の美を見つけ出したことで有名である。柳宗悦も失われていく朝鮮美術工芸品を所有した。真の文化交流が日本と韓国の関係を豊かにするのである。今回のオペラ公演はその意味でも非常に有意義な企画であった。両国の歴史文化を知ることも日韓の交流には大切であり、それなくしては真の友好はないのである。(藤村貴彦)

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